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zoom RSS カッサンドラーの呪い --- ローマクラブ「成長の限界」とロンボルグ他の批判者たち

<<   作成日時 : 2014/10/11 19:26   >>

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成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート
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「人は己の見たいものを見る」

カエサルはそう喝破したとのこと(*)。本当にその通りだ、古の偉人はさすがだ、と常々思うのですが、さらに遡るとギリシャ人が同じことを、より悲痛な形で伝えています。カッサンドラーの呪い。不都合な真実を語り続けたカッサンドラーは忌み嫌われ、無視され、無残な最期を遂げる。

* このフレーズはかなり大胆な意訳と言うべきらしいですが、カエサルは我が意を得たりと言ってくれると信じて

ローマクラブ「成長の限界 (Limit to Growth, 以下LTG)」。高校の社会の資料集に載っていたことを懐かしく思い出します。地球には限界がある、行動しなければならない--- と言われてもねえ、凡夫であるこちとらは日々の生活で忙しいんでい、と思い原典は読まずに放置していました。でもオーストラリアのGraham Turnerという方が原典出版後30年の世界の軌跡と比較したら結構合っていたとか、かのビョルン・ロンボルグ氏が外交専門誌として権威あるForeign Affairs誌上でボロクソにけなして拍手喝采を浴びたとか、LTGが世間に誤解される過程をカッサンドラーの呪いになぞらえる文書とか、色々と怪しい話があることを知ったので、原典日本語版を読んでみました。

いやびっくり。凄い。これ書いた奴は化け物だ。

同書の主張は下記だと私は理解しました。
  • 人類の活動のほぼ全ては、幾何級数的成長曲線によって表すことが出来る。言い換えると、前年比XXパーセント、で自然に論じることが出来る。これは、人類の活動のあちこちに正のフィードバックループが入っているからである。また成長は善であり制約すべきではない、という価値観が現在の社会を支配しているからである。
  • 幾何級数的成長曲線は、時間とともに傾きが爆発的に増す。そのため、成長を阻む何らかの量的限界(たとえば資源量、たとえば累積の環境汚染)があるならば、その限界がどれほど遠くとも、驚くほど短期間で到達してしまう。限界を2倍、5倍、それ以上としても、到達までの時間は大きくは変わらない。
  • 地球の資源が間違いなく有限であることを考えれば、幾何級数的成長は何時か必ず止まる。それは具体的にどのように起きるのか?オーバーシュートして急激に落ちるのか、安定解へと漸近するのか、安定解の周りを振動するのか。人類はこれまで、こうした問いに答える手段を持っていなかった。
  • そこで近年発達してきたシステム・ダイナミクスと呼ばれる手法を用いて世界をモデル化し、解の性質を解析してみることにした。
    我々が使ったモデルはこちら。我々は人口統計学、経済学、農学、栄養学、地質学、生態学などの専門家の助けを借りながら、世界の主要な構成要素の基本的な関係(正負のフィードバック、経験則や推測に基づく比例係数等々)を記述した。
    解析のターゲットは5つ。人口、農業生産(食料)、資源、工業生産、汚染。ありとあらゆる農業生産を、ありとあらゆる資源を、工業生産を、環境汚染を各々一つの変数で表現することとした。
  • 無茶は承知。これは、人類初の試みなのだ。精密な予測など、そもそも期待していないし、出来るわけがない。例示したモデルの細部数カ所の説明でお分かりと思うが、モデルは極めて粗いし大胆な割り切りを行っている。平和や教育と言った社会的基盤は極めて重要だが定量化できなかったのでモデル化していない。定量化した項目も精度は怪しい。例えば資源量、の不確定性は極めて大きい。そもそも地中の資源の量はよく分からないし、革命的技術が実用化されると状況は激変する。
  • そんな限界だらけのモデルに意味はあるのか。そもそもモデルとは常に、複雑な現実の一側面を切り取るだけに過ぎないのに?あると我々は考える。解の基本的性質をかいま見る程度の精度はあると期待する。また我々のモデルは定量モデルだ。すべては皆様の前に明示されている。だから再現し、検証し、批判することが出来る。だから改良することが出来る。批判を、改良を乞う。
  • 作ったモデルを、パラメータを様々に振りながら走らせてみた。あらゆる試行がオーバーシュート、すなわち大いに発展した後に崩壊、人口急減というパターンとなった。基本モデルの時は天然資源が制約となり成長を止めた。天然資源は無尽蔵と仮定すると環境汚染が成長を止めた。無尽蔵な資源に加えて素晴らしい環境汚染防止技術があるなら農業生産が、、、あらゆるモデルがオーバーシュートとなった。実はこれは当然だ。世界はオーバーシュートの源、フィードバックループ内のタイムラグに満ちている。一つの限界が克服されれば、次の限界が待っている。
  • どのような仮定を行っても、2100年までにはオーバーシュートが起きた。だから現状(business as usual)を続けるならば100年以内に我々はオーバーシュートに直面すると考えて良いだろう。
  • オーバーシュートを避ける方法を探る思考実験として、実現手段などは考えずにモデルに様々な制約を加えてみた。例えば死亡者数=出生者数、例えば投資率=資本減耗率、という制約を加えた。いくつかの制約を加えるとモデルはオーバーシュートしなくなった。制約の組み合わせは色々あり得る。どの組み合わせを望ましいと考えるかは、社会が決めるべきことである。
  • 制約がある世界=不幸、では絶対にない。制約下でも技術や社会制度の改良は可能であり、人類はそうした部分に創造性をつぎ込み、より良い社会に向かって歩むことが出来よう。そうした試みを始めるべきである。

    私が衝撃を受けたのは、この本に漂う、真に新しい学問分野を切り開く論文特有のオーラです。世界を丸ごと理解し予測するという遠大な目標を掲げ、凄まじく幅広く様々な可能性を検討し、大胆な割り切りを行い、未来への豊かな可能性を感じさせる、でも非常に初歩的な結果を示し、皆に呼びかける。このテーマはこれまで、定性的にしか論じることが出来なかった。だから議論が堂々めぐりしていた。我々の議論は極めて不十分ではあるが定量化され再現可能だ。だから検証し批判し、改良できる。我々は前に進むことが出来るのだ。もはや無限ループではないのだ。批判を、改良を乞う。

    ところが一般に流布されている捉え方は違うらしい。世間一般の受け取り方、をきちんと調べた訳ではありませんが「LTGは20世紀末までに世界が破滅すると予言した、だが外れたねw 資源量見積もり酷すぎww」みたいな文書は何度も見ました。本書の出版元であるダイヤモンド社自身の紹介文も酷い。同社は2013年、創立100周年を記念し「今こそ読みたい!ダイヤモンド社100年100冊」という企画を行っています。第2回がLTGなのですが、私が理解した内容と随分違う、、、私の頭は絶望的に狂ってたりするのだろうか?だってこれ、超有名な自社商品の紹介だよね?
    本書が論証する主題は三つ、第一に世界の人口は幾何級数的に増大すること、第二に食糧の増産は算術級数的な増加にとどまること、第三に地下資源は有限であること。すなわち、世界の成長には限界がある、ということです。
    資源の有限性についても時間を理論的に割り出しています。人口増加は本書の予測どおりに推移しましたが、資源についてはあまり当たっていません。たとえば、石油の「静態的耐用年数」を31年、金を11年、水銀を13年などと予測し、すぐに枯渇するとしています。世界が驚いた点ですが、いずれも外れました。これは当時の確認埋蔵量が少なかったためです。
    LTGの焦点は「幾何級数的成長曲線は、時間とともに傾きが爆発的に増す。そのため、成長を阻む何らかの量的限界があるならば、その限界がどれほど遠くとも、驚くほど短期間で到達してしまうし、限界が大きく遠のいたとしても到達までの時間は大きくは変わらない」という幾何級数の数学的性質の社会への影響であり、オーバーシュートであり、食料の算術級数的増加や資源の有限性は枝葉末節と理解したのですが、、、石油31年, 金11年等々の記述を読んでみたら「無論、これは単なる外挿に過ぎない。確実に外れる」というやる気ゼロな解説がついてるし、、、更には確認埋蔵量の不確定性、技術進歩の可能性、について様々な角度から繰り返し注意喚起しています。資源量の予想は本書のメインテーマではないのです。それでも、LTGは資源枯渇の時期を具体的に予測したというのだろうか、出版当時、世間が驚いたのは本当にそこなのだろうか?

    ビョルン・ロンボルグ氏の批判も酷い。氏はLTGを冒頭で要約した上でこう書きます。
    LTGを擁護する人々は、LTGは外れた時の言い逃れを細心の注意を払って準備していると言う。正確な予測をしたのではないと著者たちはちゃんと言っているし、時期の予測は慎重に、曖昧にしてある。著者たちはシステムの振る舞いに焦点を当てたかったからだ、と弁護する。だがそれは詭弁だ。著者たちは明確な予測としてこの本を書いたし、人々はそう受け取った。その一つが、資源は遠からず枯渇する、である。
    この敵意むき出しのパラグラフの後は、ロンボルグ節全開です。資源は続々と見つかり、消費は激増しているにも関わらず枯渇予定年は伸びている。価格は下がっている(つまり、資源は余っていると市場の専門家たちは考えている)。環境汚染は技術の進歩により抑え込まれている。出生率は下がっている。彼らは何を間違えたのか?「使えばなくなる」という彼らの主張は一見、明々白々の事実なのに? ---人類のingenuity, 発明の才である。彼らはとんでもない間違いを犯した。にもかかわらず、彼らの主張は人々の心の奥底に深く根付き、誤った政策を推し進める原動力となってきた。資源枯渇対策としての紙のリサイクルはピントがずれており、資金や人的資源を無駄遣いしている(天然資源と言わないところはさすがです)。人口抑制や環境汚染防止も同様。最大の問題は、彼らが世界の終わりを述べ立てたため理性的な解決策追求が困難になったことである。デマゴーグ(alarmistの超訳)は注目を集めるが、真の問題に対する知的な解決策をもたらすことは滅多にない。そしてLTGは成長がもたらす善から目を逸らさせた。LTGに従っていたら現在進行中の世界の貧困の解消はなかった。我々は正しい事をしなければならない。我々にはもっともっと経済成長が必要だ。

    、、、うーん、LTGの問題意識の中核、幾何級数は非常に発散が早い、をロンボルグ氏は完璧にスルーしてますね。相手は数学の真理、戦えば確実に負けるからでしょう。また論文発表から40年後に氏が検証・批判を出来るのは、LTGがロジックを厳密に記述した上で定量予測したからです。それに比べ氏は「人類の発明の才」を全く定量化していません。だから様々な疑問、例えば「人類の発明の才は今後とも幾何級数の発散の速さをかわし続けられるのか?」「現在の出生率低下はオーバーシュートを防ぐのに十分な速さか?」に答えられないし、答えていません。「我々は正しい事をしなければならない」その言や良し。ならば問いに答えよ。探究の枠組みはLTGが開拓済なのですから。
    LTGの巻末には「ローマクラブの見解」として、資源量見積もりは内部でも議論になった、だがそもそも余りにも不確定事項が多いし、資源が大量に発見されようともオーバーシュートの時期が数十年ずれるだけなので本文ではそうした議論を行わなかった、とはいえ、数十年の時間が稼げるならば救済策を見出す時間的余裕となるかも、という記述があります。そこまで書いている古典に対してこんな批判しかできないなら、論点のすりかえ、あら探しと言われても仕方ないと思います。

    逆に、LTGは結構合っていた、という主張も的確な議論には見えませんでした。Graham Turner氏は単に「外挿したら結構合ってます」以上のことは書いていない。論文執筆時(20xx年)までのデータをLTGの標準モデルの結果と比べたら良い精度で合っていたというのですが、LTGの標準モデル上で2012年はまだ、幾何級数的に成長を続けている段階で、単なる外挿でも「合ってます」は実現できるんですよね。オーバーシュートが起きていない段階で合っている合っていないを論じても議論に迫力がない。それに、そもそもLTGは定量予測のためのモデルではない。だから万が一完璧に合っていたとしても「あれほど荒っぽい仮定だったのに、解の性質を見る程度しか出来ないはずのモデルだったのに、量的にも案外合ってたね、僕びっくり」以上のことは言えない筈。LTGに対する不当な攻撃が多いので弁護しようとしたのだろう、だがちょっと的外れと理解しました。あるいは単に、LTGの知名度にあやかった論文か。いずれにせよ真面目に取り合う必要はなさそうです。

    *****
    このレビューを行ってみて、しみじみ思いました。

    カッサンドラーの呪いは本当の話だったんだな。

    トロイア戦争がおとぎ話ではなく史実だったように、カッサンドラーの呪いも史実だったのだろう。なんてこった。

    ロンボルグ氏ほどの明晰な頭脳の持ち主が、LTGの中核をなす問いは幾何級数の持つ数学的性質の社会への投影である、に気づかない筈がありません。しかし、その事に目をつぶり、あら探しに走る。そしてそれを、Foreign Affairs誌が2012年のBest of Printの一つに選ぶ。Foreign Affairs誌と言えば外交・国際政治を扱う雑誌としてゆるぎない権威を誇る雑誌です。ケナンのX論文が載った雑誌です。寄稿者も、読者も、そして編集者も極めて知的レベルが高いコミュニティです。LTGを読み、記憶している人間は山ほどいる筈。それが、こんな低レベルのあら探し論文に拍手喝采する。あり得ん。俺は何か酷く間違ってるんじゃなかろうか、、、いやいや、LTGのメッセージは明晰だ。それを捻じ曲げたネガティブキャンペーンの過程も分析されている。それらが全て読み違えというなら俺は完全に終わってる、、、

    3000年前、カッサンドラーもそんなことを考えたのでしょうか。

    昔、このブログを書き始めた頃、温暖化の懐疑派と呼ばれる人々はまだ事実上存在しませんでした。私は学生時代の経験もあり、温暖化とは科学の問題だと思っていました。私個人に関する限り、今もそうです。私は海が好きです。海に突き出た砂州の上で育った私の魂には海が刻まれています。温暖化とは、海の観測データの変化の話の筈でした。

    ある時、Heartland Instituteという米国の保守派の牙城が反温暖化のキャンペーンを始め決起集会を開いたというニュースが流れました。私は同Instituteが結構好きだったりします。でもさすがに反温暖化キャンペーンはねえ。ご苦労なことで、、、と私は思ったしそれを伝えたメディアもそんな雰囲気でした。ところがどっこい、みるみる内に勢力は拡大し、気象学のキの字も学んだことが無い人々が堂々と本を出版して「0.04%しかないCO2が気温に重大な影響を及ぼすはずはない、だって0.04%なんだよ?」と断定するようになりました。IPCCは水蒸気の影響を無視している、私が指摘し続けたら最近ようやく認めるようになった、なんて書いちゃうようになりました(あえて名前は伏せます)。

    ニュートリノが地球をあっさり貫通することの物理学的な解釈が肚に落ちていれば「0.04%は大問題で、99.96%は無問題」はあり得ると皮膚感覚で分かります。そんな皮膚感覚を持たない=学部レベルの物理学を理解していない人が、物理現象について、専門家のコンセンサスは間違いだと断言してしまう。あるいは、自分では皮膚感覚があるのに、そう言えば普通の人は説得されると思って書いてしまう。水蒸気の影響が死活的に重要、は1896年のアウレニウス論文にも、1964年のManabe=Strickler論文(すいません、記事にしてません)にも書いてあります。そして後者は現代気象学の基本論文の一つです。IPCCが水蒸気を無視していた、なんてあり得ない。現代の気象学は「水蒸気、CO2, オゾンの3種類を考えれば気温の3次元構造はおおよそ説明がつく」という真鍋先生の業績の上に築かれているのですから。それを、俺が言ったからだと?こいつ、ほんまもんの詐欺師だな。

    地球温暖化には、怪しい議論が山ほどあります。でも現代科学を根底から覆さない限り崩れない、ここは鉄板と確信できる議論も僅かながら確かに存在します。例えば「CO2には温室効果があり、地球の気候に重大な影響を与えている」これは鉄板です。でも「だからCO2が増えれば温暖化する」これは鉄板ではない。常識的にはそうなります ---コートを重ね着すれば常識的には暖かくなる。でも扇風機とか怪しいサーモスタットとかフル装備した複雑怪奇なコートなので、確かに暖かくなると言い切るのは大仕事でありIPCCは苦労してます。でも普通の人はそうした「これは鉄板」「ちょっと怪しい」「すごく怪しい」等々という感覚を持たないのをいいことに、Heartland Institute以下の人々は正義に燃えて事実を攻撃する。

    そして驚くほど多くの人々が喜んで嘘に耳を傾ける。温暖化は嘘だ、大したことないと断言してもらうと心が安らぐから。「人は己の見たいものを見る」から。Foreign Affairsに集うような一流の人々も、やっぱり、人間だから。

    カッサンドラーよ、あなたのメッセージは確かに受け取りました。

    Environmental Alarmism, Then and Now
    The Club of Rome’s Problem -- and Ours
    By Bjorn Lomborg FROM OUR JULY/AUGUST 2012 ISSUE
    http://www.foreignaffairs.com/articles/137681/bjorn-lomborg/environmental-alarmism-then-and-now

    A Comparison of the Limits to Growth with Thirty Years of Reality
    http://www.manicore.com/fichiers/Turner_Meadows_vs_historical_data.pdf

    Cassandra's curse: how "The Limits to Growth" was demonized
    Posted by Ugo Bardi on March 9, 2008 - 11:22am in The Oil Drum: Europe
    http://www.theoildrum.com/node/3551

    Limits to Growth was right. New research shows we're nearing collapse
    Graham Turner and Cathy Alexander
    theguardian.com, Tuesday 2 September 2014 02.15 BST
    http://www.theguardian.com/commentisfree/2014/sep/02/limits-to-growth-was-right-new-research-shows-were-nearing-collapse
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